脳硬膜動静脈瘻

新生児の硬膜動静脈瘻の3次元CT

A. 発生学的背景

 

脳硬膜静脈洞は、脳と頭蓋骨の間にある硬膜から形成される静脈構造のことで、脳を還流(栄養)した血液が脳表の静脈に集まり、さらにその静脈が静脈洞に集まり、頚静脈を経由して心臓に返っていきます.脳硬膜静脈洞の発生は、以下のごとくです.胎生4ヶ月後半から7ヶ月にかけて頭の後方にある横静脈洞の外側の頚静脈球 (jugular bulb)から正中の静脈洞交会 (後頭部の正中に当たります、 torcular herophili)に向かう静脈洞の拡張 (ballooning)がおこり、胎生5ヶ月頃からその径の均一化が起こり、出生前に成人型に近づきますが、頚静脈球や海綿静脈洞部への流出は未発達で、導出静脈 (emissary vein)、後頭静脈洞、辺縁静脈洞がその代わりに発達します.頚静脈球は、後頭静脈洞の閉塞などに伴い、生後数週間かけ発達し、さらに海綿静脈洞部への流出には時間がかかり、2歳のころに成人のそれに近づくといわれています.横静脈洞の走行も6ヶ月までは、前後像(タウン像)で、なだらかな内側凸のカーブを描いていますが、その後は成人の走行に近づきます.


脳硬膜静脈洞の発達不全は、大きな静脈洞の拡張 (venous lake)となります.妊娠の中期にこの静脈洞の拡大が起こり、その中が血栓化し、自然と正常化する場合があります.この場合の予後は良好のこともあります.静脈洞の拡張が、自然消退せず、ここに動静脈短絡 (動脈から静脈が直接、つながることを言います.動静脈ろうやAV shuntともいいます)が形成されることもあります.その場合、病変への栄養血管の基本は硬膜への動脈です.一般的に、小児の脳硬膜静脈洞における短絡血流は、遅い血流 low flowとされ、新生児期の心不全は少ないとされますが、ガレン大静脈瘤と同様に速い血流があり、心不全を起こす場合も少なくありません.S字状静脈洞、横静脈洞、上矢状洞遠位(後頭部)に起こりますが、静脈洞交会部など正中部の硬膜静脈洞の関与がある場合には、正常な脳還流路を共有することになるため治療は困難で予後不良とされます.しかし、この疾患は正中構造が関与することが多いのですが、実際の個人的な経験では必ずしも予後不良ともいえないと思います.側副路(逃げ道)がうまく形成されるのでしょう.拡張した静脈洞の中に血栓を伴うことも多く、このため凝固系異常(血小板や凝固因子が少なくなり)を合併し、出血傾向などの全身症状に対して抗凝固療法を必要とすることもあり、この現象はKasabach-Merritt現象と呼ばれます.本来のKasabach-Merritt現象は血小板減少が主体です.血栓形成は、出生前、出生後、治療前、治療後、いつでも起る可能性があります.静脈流出路の制限・静脈圧の上昇などのため、静脈性梗塞、melting brain syndromeと呼ばれる状況になることがあり、その場合には予後は不良とされます.


大人と同じように子供でも、外傷によって硬膜動静脈瘻が起こることがあります.この中には医源性の外傷、つまり検査や手術もその原因になることがあります.外傷の部位に比較的早期に動静脈瘻が起こることがあります.部位は当然、外傷が加わった場所の硬膜であり、近傍の脳硬膜静脈洞や近傍の静脈に導出する血管構築になります.


B. 分類

 

先天性硬膜動静脈瘻には、硬膜静脈洞奇形 dural sinus malformation with AV shunts、幼児型の硬膜動静脈瘻 infantile dural arteriovenous shunt (infantile DAVS)、大人型の硬膜動静脈瘻 adult dural arteriovenous shunt (adult DAVS)3種類に分類され、ガレン大静脈瘤よりも発生頻度ははるかに低いとされます.個人的な経験では、欧米と異なり、硬膜動静脈瘻のほうが、ガレン大静脈瘤よりも多かったですが、やはりガレン大静脈瘤よりは低頻度です.男女比はやや男性が多いとされます.

 

B−1 硬膜静脈洞奇形 dural sinus malformationは、新生時期または出生前(早ければ妊娠の24週頃)に診断されることが多く、巨大な硬膜静脈洞を特徴とし、そこに硬膜動静脈瘻(動静脈シャント、動脈から静脈に直接、動脈血が流れ込みます)が認められます.この拡大した静脈洞の位置からガレン大静脈瘤との鑑別は、難しくはありません.ガレン大静脈瘤は、頭蓋骨に接することは通常ありません.出生前に診断される動静脈シャントは、何でもガレン大静脈瘤を診断されることが多いですが、それは間違いです.出生前に発見された場合には、脳腫瘍やくも膜嚢胞との鑑別が必要であり、ドップラー検査で血流を病変に検出すれば血管病変で
あることが分かりますが、出生前には分かりにく場合もあります.血流は一見速くなく、渦巻いているので、MR検査では血流と認識し難い場合があります.(先天性腫瘍と診断されることもしばしばです).この場合でも、短絡血液量が多いので、心負荷・心不全になります.静脈洞交会 (torcular herophili)や横静脈洞に病変があることが多いです.正常にある静脈洞交会は、異常なシャント血流だけでなく、両側の大脳の正常な脳還流をした血液も流れるルートであり、治療により閉塞することはできません.太くなった中硬膜動脈や後頭動脈の硬膜枝の他に内頚動脈のテント枝も関係することがあり、病変の壁で動静脈シャントをつくっています.このシャントにより心不全、凝固異常、頭蓋内圧亢進、雑音、頭皮静脈拡張、頭囲拡大、巨頭症、水頭症、精神発達遅延、けいれん、局所神経脱落症状などの症状を呈します.時には、静脈洞の血栓症を伴い(Kasabach-Merritt現象、血小板減少症)、静脈の導出障害やさらに凝固異常も伴うことがあります(右の画像).


このような硬膜静脈洞の形成異常が出生前にありますが、動静脈瘻は形成されず、良好な経過を辿る場合(dural sinus malformation without AV shunt)もあります.


B2 幼児型の硬膜動静脈瘻 infantile DAVSは、新生児期、幼児期に認められる単発または多発性のhigh flowの硬膜動静脈瘻で、拡大した硬膜静脈洞を伴い、軽度の心不全、巨頭症、精神発達遅延などを呈します.高流量のシャントhigh flow shuntがあるにもかかわらず、静脈側に閉塞性の変化が起こるため、脳表の静脈への逆流 leptomeningeal refluxも起こります.本来の動静脈瘻(primary dural shunt)の静脈洞に対する影響で(sump effectと呼ばれます)による二次性の動静脈シャントが、脳表に惹起されることがあります(secondary pial shunt).この一次性のシャント primary shuntと二次性のシャント secondary shuntが共存することがあり、鑑別が困難な場合があります.この二次性の脳表のシャント pial AV shuntは、本来の硬膜動静脈瘻 dural AV shuntの治療により消失することもあり、その臨床的意義や治療適応は不明です.また、この脳表動脈 pial arteryの近位部に、高血流によって形成される動脈瘤 flow-related aneurysmが形成されることもあります.動脈を介した塞栓術(経動脈的塞栓術)で一次性シャントprimary shuntの血流を減少させても、短期間に近傍に新たなシャントが形成されることがあります.海綿静脈洞への逆流 refluxにより眼球突出、外眼筋麻痺、顔面静脈の怒張などが認められます.頚静脈球 Jugular bulbが両側で狭窄・閉塞し、静脈性高血圧 venous hypertensionのため水頭症、巨頭症、痙攣、精神発達障害など多彩な症状を呈するようになります.また複雑な静脈洞の関与で、静脈を介した塞栓術(経静脈的塞栓術)が困難なことが多いです.場合よっては、硬膜の動脈から、シャントを超えてそのまま静脈洞までカテーテルを進めることが可能で、そこから静脈洞の閉塞が可能な場合があります.病変は、一側性・多発性が特徴です.心不全は軽度であるため、緊急の塞栓術が必要になることは少ないです.

 

B3 大人型の硬膜動静脈瘻 adult DAVSは、成人の硬膜動静脈瘻と同じで静脈洞血栓を誘発triggerとした後天性病変と考えられており、海綿静脈洞に多いです. 成人の海綿静脈洞病変と異なり、Lasjauniasらは、経動脈的塞栓術を薦めています.


このように、硬膜動静脈瘻は、その形態・症候化する時期などから3つに分類されていますが、硬膜に動静脈シャントが形成されるメカニズム(炎症・外傷・血栓化など)は、これらずべてに共通であり(個人的な意見ですが)、その共通のきっかけ(trigger)に対する脳や硬膜の反応の違いだけのようにも思われます.出生前の胎児、新生児、乳幼児、小児、成人、すべて共通する引き金 triggerが働いていますが、胎児は大きな硬膜洞の形成が伴いますし、成人では血管構築が子供よりも可塑性に富んでいないため(rigid)、つまり融通が効かないため、静脈洞の形態はあまり変化しないとも考えられます.いかにもいくつかの異なる硬膜動静脈瘻がある患者さんはどの分類に入るのだろうか、と考えるより、患者さんの年齢を考慮し、その可塑性も同時に考えれば、上記の3分類は、単なる時期と反応性が違うだけと考えられます.


C. 治療

 

新生児期に発症した場合の治療は、利尿剤、強心剤、呼吸管理(人工呼吸)などの内科(新生児科)的治療を行う以外に、血管内治療や外科的治療が必要となります.血管内治療は、経動脈的塞栓術、経静脈的塞栓術、直接穿刺による経静脈的塞栓術が行われます.ガレン大静脈瘤と異なり、積極的に経静脈的塞栓術も行われますが、まずは経動脈的治療が基本です.経動脈的塞栓術では、アロンアルファーに似た接着剤(NBCA)やプラチナコイルを用いてシャントそのもの、またはその近傍で閉塞します.経動脈的塞栓術と経静脈的塞栓術を組み合わせて治療が行われることもあります.静脈の還流路に閉塞・狭窄がある症例では、術後管理に全身のヘパリン化や抗凝固薬の投与が必要な場合があります.経静脈的塞栓術では、大量のコイルを必要とし、場合によっては1,000万円近いコイルの材料費がかかることがあり、医療経済学的には問題があります(日本では、保健医療で、もちろんカバーされるので、御両親の保険医療範囲以上の負担はありません).


症例の経験が増えてくると、新生児期には、NBCA(アロンアルファーのような接着剤)を中心に使う、経動脈的塞栓術を行ない、必要に応じて経静脈的塞栓術を行なうようになってきました.このような治療を複数回必要とする場合が少なくなく、新生時期に2-4回行い、心不全を脱却した患者さんが多かったです.

 

D. 治療成績

 

Lasjauniasらの29例の報告では、9 (31.3%) が死亡し、7 (24.1%)が高度の神経学的脱落症状(脳の障害を指し、精神発達障害が多く、他に手足の麻痺や言語障害等があります)を残し、13 (44.8%) が軽度の神経学的脱落症状または神経学的脱落症状はなかった.

 

私は、今まで(2010年時点)8人の小児の脳硬膜動静脈瘻の患者さんの治療を行いました.その予後は治療方法や技術にも大きく依存しますが、患者さんの全身状態・神経症状にも大きく影響されます.8人とも元気にされていますが、何らかの神経症状や痙攣を伴う患者さんが、3人おられます.病変自身が消失した患者さんが1人、ほぼ消失した患者さんが1人、残りの5人は、残存する小さなシャントと共存しているか、殆ど消えてしまっています.帝王切開で出産したその日に一回目の治療をした患者さんが2人(出産後の3-4時間後に治療を血管撮影室で開始しました)、翌日に治療した患者さんが1人います.遠方からヘリコプターで移送し、治療した患者さんもおられました.以下は、私が治療した8人の患者さんのうち、2人の新生児患者さんの症例報告です.


脳硬膜動静脈瘻に遺伝的な要素は多くなく、その患者さんの御両親に、さらに次のお子さんが出来た場合、同じ疾患がそのお子さんにも現れる可能性は殆どないと考えられます.


ヘリでやってきたミーちゃん


1歳になったMちゃん

 


Komiyama M, et al: Transumbilical embolization of a congenital dural arteriovenous fistula at the torcular herophili in a neonate. Case report. J Neurosurg 90:964-969, 1999

 

Komiyama M, et al: Endovascular treatment of dural sinus malformation with arteriovenous shunt in a low birth weight neonate. Case report. Neurol Med Chir (Tokyo) 44:655-659, 2004


小宮山雅樹:新生児の脳動静脈シャントに対する脳血管内治療.脳神経外科速報 17:347-353, 2007  [PDF]


Oshiro T, Nakayama O, Ohba C, Ohashi Y, Kawakubo J, Nagamine T, Komiyama M: Transumbilical arterial embolization of a large dural arteriovenous fistula in a low-birth-weight neonate with congestive heart failure. Case report. Child’s Nerv Syst 32:723-726, 2016



参考図書

小宮山雅樹:神経脈管学、メディカ出版、大阪、2012

 

2004.12.31記、2006.3.12, 7.17, 8.62007.6.92008.1.312010.3.1、2010.3.25、2012.9.5、2013.7.17、 2014.12.25、2017.9.28  追記 


Top Pageへ