Marfan症候群・Loeys-Dietz症候群
フランス人の医師Bernard Marfanにちなみ名付けられた症候群です.彼は、1896年パリの医学会で、5歳のGabrielleという女の子について報告しています.Marfan syndromeは、遺伝性の結合組織疾患で、常染色体優性遺伝をします.75%の患者が、親からの遺伝であり、残る25%の患者が、発生過程で新たに遺伝子異常が起こったと考えられます.発生頻度は、3000-5000人に一人とされ、男女の差はないとされます.Marfan syndromeの患者の症状には、背が高く、細身であり、手足が長く、症状として水晶体の亜脱臼、大動脈弁輪の拡張、大動脈解離などがあります.典型的なタイプが1型で、眼に症状が出にくいタイプが2型とされます.
1型のMarfan syndromeは、第15染色体(15q21.1)にあるfibrillin-1 (FBN1)遺伝子の変異が原因です.このFBN1は、水晶体の腱、大動脈や他の支持組織のelastinの基質を構成するmicrofibrilの形成をブロックする糖タンパクをencodeしています.2型のMarfan syndromeは、TGF-beta receptor II (TGFBR2) をencodeしている第3染色体(3p24.2-p25)にある遺伝子変異が関与しています.
症状:大動脈弁輪の拡張と大動脈解離が死亡と障害の大きな原因です.僧帽弁逸脱による僧帽弁逆流(僧帽弁閉鎖不全症)、大動脈逆流(大動脈弁閉鎖不全症)、腱が弱いための運動機能の発達遅延、硬膜の拡張dural ectasiaによる腰痛、下肢のしびれや脱力、関節痛、漏斗胸pectus excavatumによる呼吸困難や動悸、気胸による胸痛、水晶体の変位や亜脱臼・緑内障・白内障・網膜剥離による視覚障害、口蓋裂、口蓋高位など、その症状は多彩です.手首・指が柔らかく(thumb sign, wrist sign)、クモ指症arachnodactylyが認められます.大動脈の拡張は、70-80%の患者に認められます.大動脈解離は、主に上行大動脈に起こりますが、動脈の拡張は、下行大動脈や肺動脈にも起こります.硬膜の拡張は、65-92%の患者に起こるとされ、腰仙部に多いです.
Marfan syndromeの患者さんが、直接、脳神経外科にくることはありません.大動脈解離を起こし、脳に行く動脈にも動脈解離が及んだ場合に、脳虚血になり相談を受ける場合があるほか、人工血管を用い大動脈手術が行われた場合には、通常、抗凝固治療が行われていることが多いですが、塞栓子が脳に飛び、脳塞栓症を起こす場合もあります.また、人工血管に感染が及び、細菌性心内膜炎を起こし、脳に膿がたまる脳膿瘍になる場合、さらに脳血管に細菌塊が飛び、細菌性脳動脈瘤が起こり、それによりくも膜下出血や脳出血が起こる場合などがあります.
日本には、日本マルファン協会 Japan Marfan Associationという患者団体があり情報提供・支援活動などを行っています(かなりしっかりした団体と思います).イギリス、アメリカなど、各国にも同様の患者団体があります.
私の経験したMarfan syndromeの症例で細菌性脳動脈瘤による脳出血の開頭術中にみた脳硬膜は、透けて見えるほど薄かったです.また、症状を出すことはないものの、脳に血液を送る頸動脈や椎骨動脈が、異常に延長し、屈曲・蛇行しているのも印象的でした.これらは、すべて結合組織の異常から来ていると推測されました.
写真はマルファン症候群の患者さんの椎骨動脈撮影の側面像で、蛇行した動脈(矢印)が認められます.
Loeys-Dietz症候群
マルファン症候群と症状が非常に似ていますが、その原因遺伝子が異なる症候群にLoeys-Dietz症候群(ロイス・ディーツ症候群)があります.その原因遺伝子は、TGFBR1とTGFR2で、この2者間には症状の差はないとされています.マルファン症候群との違いは、水晶体の亜脱臼が無く、眼間解離(目と目の距離が通常より長い)、二分口蓋垂 split uvula、口蓋裂 cleft palate、若年で発症する、動脈の蛇行が高度、などがあります.実際に、鑑別が遺伝子診断が必要とされます.上記の血管蛇行の画像の患者さんは、マルファン症候群ではなく、 ロイス・ディーツ症候群の可能性が高いです.
マルファン症候群やロイス・ディーツ症候群に似た症状を呈するJuvenile Polyposis-HHT, JP-HHTがあり、これらは、TGF-bata というタンパク質の仲間の中のSMAD4の遺伝子変異で起こることが示唆せれています.
Marfan syndromeや Loeys-Dietz症候群に似た結合織疾患で、動脈の蛇行を呈する動脈蛇行症候群 arterial tortuosity syndromeがあります.
2006.4.18記、2010.8.5、2012.5.9、2018.2.19 追記