可逆性脳血管攣縮症候群

Reversible Cerebral Vasoconstriction Syndrome: RCVS)

 

可逆性脳血管攣縮症候群 Reversible Cerebral Vasoconstriction Syndrome :RCVS は、いろんな病態を集めた症候群であり、別名Call syndrome(1988年に初めて報告された), Call-Fleming syndrome, 産褥血管症(postpartum angiopathy), 良性の中枢神経系の血管症(benign angiopathy of the central nervous system), 可逆性攣縮(れんしゅく)を伴った雷鳴頭痛(thunderclap headache with reversible vasospasm)、偏頭痛性動脈炎 migraine angiitis、薬剤性脳血管炎 drug-induced cerebral angiitisなどとも呼ばれる、一連の症候群です.


可逆性とは、もとに戻ることが出来る、という意味です.その原因は明確には分かっていません.しかし、血管の緊張 toneのコントロールの異常がその原因であるようです.特に要因がない場合や外的・内的な原因によって症状を呈すると考えられます.


その典型的な症状は、20-50歳の女性が突然の(数秒から数分の期間で始まる)強い頭痛で始まります.この頭痛の期間は、1-3週間とされます.一般に女性に多く、男女比は1:2-3とされ、この頭痛は繰り返すことも知られています.吐き気や嘔吐を伴うこともあります.攣縮(血管が縮むという意味です)を起こした脳動脈の灌流域(栄養されている脳の領域)に見合う視覚異常や片麻痺、構音障害、失語、失調等の症状を伴うこともあります.痙攣や局所神経症状を呈することはありますが、稀で、強い頭痛の後におこります.一過性の症状のこともあれば、永続的な症状を残すこともあります.一過性脳虚血発作や脳梗塞は出血に遅れ、翌週に起こることが多く、一過性脳虚血発作の症状は、視覚障害、一側の知覚異常、失語症、片麻痺の順の頻度とされます.稀に脳梗塞になってしまいます(7-50%).例外的に重症の脳梗塞になったり、死亡の報告もあります.再発は稀とされます.この攣縮は、脳の血管に限局し、頚部頚動脈の攣縮は起らないようです.


診断基準は決まっていませんが、その診断はさほど難しくはありません.特に、脳動脈瘤が破裂した場合のくも膜下出血 aneurysmal subarachnoid hemorrhageや中枢神経系の血管炎 primary angiitis of the central nervous system (PACNS)との鑑別が重要です.


1.多数の脳動脈の部分的攣縮が血管撮影で認められる(カテーテルによる脳血管撮影、CT/MRによる血管撮影).

2.脳動脈瘤によるくも膜下出血ではない.

3.髄液所見が(ほぼ)正常である.(タンパク質 < 80 mg%, 細胞数 < 10 mm3, 糖レベル正常)

4.強い、急性の頭痛がある.(神経症状を伴う時やそうでない時がある)

5.発症から12週以内に血管撮影上の異常が消える.(可逆性で、正常化する).


PACNSとの鑑別という点では、RCVSは女性に多く(3:1)、PACNSは男性に多いか性差がない、RCVSの症状は急速に進行しますが、PACNSは緩徐進行が多い、PACNSの頭痛は、緩徐に始まることが多い、髄液検査で、RCVSは正常なことが多いが、PACNSでは90%以上で、異常所見があります.


この可逆性脳血管攣縮症候群を起こしやすい状態は以下だとされます:妊娠・産褥、薬剤の投与(ブロモクリプチン、エルゴタミン、コカイン、アンフェタミン、エフェドリンなど多数あり)、高カルシウム血症、頭部外傷、頚動脈内膜剥離術、脳神経外科手術、未破裂脳動脈瘤(のクリッピングやコイル塞栓術)などが知られています.


頭痛に関しては、必ずしも強い急性の頭痛があるとは限らないようです.診断は、まず非造影のCTでくも膜下出血や脳出血を否定します.(分水嶺watershed梗塞や脳出血の場合もあり、また脳表の狭い範囲のクモ膜下出血のあります).次に髄液検査を行いCTで分からないくも膜下出血や炎症(感染や血管炎)が無いかチェックします.次にMR, MRA, CTAを行い、脳静脈血栓症、脳出血、下垂体卒中、塞栓性脳血管閉塞、脳血管炎、脳動脈解離、未破裂脳動脈瘤、可逆性脳血管攣縮症候群 RCVSのチェックします.カテーテルによる脳血管撮影も必要に応じ行ないます.頭蓋内脳血管は瀰漫性の多数の狭窄像が認められます.この急性期の異常血管像は数日から数週間持続しますが、可逆的です.頚部頚動脈には攣縮は認められません.出血がまず起こり、次いで梗塞が起こることから、まず末梢の動脈に変化が起こり、中心に向かって(centripetal pattern)攣縮が進行し、近位の動脈に変化が起こることが示唆されます.


決まった治療はありませんが、カルシウム拮抗薬、ステロイド、硫酸マグネシウムの投与の報告がある一方で、単に経過観察も行われてきました.確立した治療がない現在、経過観察をするのも一つですが、高度の頭痛、高度の血管攣縮、神経症状を呈する場合は、いろんな治療を試みることも考慮されます.第一に考慮されるべきは、nimodipineとverapamilです.またステロイドの短期・大量投与の報告もあります.中枢神経系の血管炎も否定できない場合は、両方の治療を行う場合もあります.


可逆性脳血管攣縮症候群の自然経過に関してはよく分かっていません.しかし病名にあるように可逆的であり、多くの患者さんは、予後良好です.半数が無症状、半数が軽度の症候性という報告や71%が正常、29%が僅かのdisabilityの報告もあります.


この疾患に似た疾患で、頚部頚動脈の攣縮を繰り返す病態があります.より若年の患者(teenager)にも起こり、頭蓋内の前方循環や後方循環の脳動脈に限らず、血管攣縮は頸部動脈にも起こるようです.ただ、圧倒的に前方循環、つまり頚動脈系が多いようです.このような攣縮による狭窄は、一日で起り、緩解してもおかしくありませんし、かなりゆっくりした変化を示すこともあります.また、冠動脈に攣縮が起ることもあり、心筋梗塞や狭心症を起こします.そうなれば 可逆性血管攣縮症候群 Reversible Cerebral Vasoconstriction Syndrome というより 可逆性全身性血管攣縮症候群 Reversible Systemic Vasoconstriction Syndrome とも言えるかもしれません.最大の治療の困難さは、この疾患概念を医師が知っているか、また考えるかにかかっています.実際のところ、疾患概念が確立していないこともあり、多くの医師は知らないため、原因不明の血管の攣縮として扱われています.


可逆性脳血管攣縮症候群 RCVSではないと思いますが、頚部の頚動脈の攣縮を繰り返す疾患において、冠動脈では、原因不明の狭窄でステント治療も行なわれたりします.私が直接・間接的に知っている二人の患者さん(20代と30代の男性)は、共に前下行枝 LADの攣縮でstent治療が行われました.ステント治療を行っても、そのステントを置いた動脈の閉塞や再開通を繰り返すことがあるようです.頸部頚動脈にもステント治療が行われたり、頭蓋内動脈の病変には、薬物の選択的動脈注入やバルーンによる血管形成も行なわれる可能性があります.このような治療が、比較的若い患者さんに行なわれ、疾患の性質上、他の部位にも再度同様の狭窄(攣縮)病変が現れた場合に、同様の侵襲的な治療を繰り返すべきか、誰も知りません.ステントの種類によっては、一生、抗血小板薬の服用を必要とし、慎重な対応が必要かもしれません.しかし、何よりも、このような疾患概念を念頭において治療に当たることが最も重要です.


可逆性脳血管攣縮症候群 RVCSに関係はない可能性が高いですが、腸管にも同じような病態が起ります.Non-occlusive mesenteric ischemia (NOMI: 非閉塞性腸管膜虚血) と言われ、腹痛が症状です.比較的高齢者に多く、心臓手術の後、心不全などの合併がある時に多いとされます.診断は、カテーテル検査により初めてなされ、治療には血管拡張薬の選択的投与や壊死になった腸管の切除などが行なわれます.


可逆性脳血管攣縮症候群 RCVSの特徴である強い頭痛を伴わない症例、脳血管以外の動脈、特に頸部頸動脈の攣縮が認められる症例、発症から3ヶ月を越え、何回も繰り返す症例は、RCVSではないと考えられます.


追加

RCVSは、通常20-50歳に認められることが多く、女性が多いのも特徴です.しかし、稀に、小児でも認められることがあります.2012年の時点で、15歳以下のRCVSの患者さんの報告は、3例あり、10, 12, 13歳で全て男児でした.大人と同じで、いろいろな原因が考えられ、偏頭痛との鑑別も重要になってきます.報告例では、予後は悪くないようです.



頚部内頚動脈の繰り返す攣縮


参考文献


Call GK, Fleming MC, Sealfen S, et al: Reversible cerebral segmental vasoconstriction. Stroke 19:1159-1170, 1988


Calabrese LH, Dodick DW, Schwedt TJ, et al: Narrative review: Reversible cerebral vasoconstriction syndromes. Ann Intern Med 146:34-44, 2007


Sattar A, Manousakis G, Jensen MB: Systemic review of reversible cerebral casoconstriction syndrome. Expert Rev Cardiovasc Ther 8:1417-1421, 2010


Yoshioka S, Takano T, Ryujin E, et al: A pediatric case of reversible vasoconstriction syndrome wit cortical subarachnoid hemorrhage. Brain Develop 34:796-798, 2012


2009.7.15記載、7.28、10. 4, 12, 18, 29、11.6 、2011.7.7、2012.9.25、2015.6.5、2020.1.8  追記


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