頚部内頚動脈の繰り返す攣縮 

特発性頸部内頸動脈攣縮症

Repeated vasospasm of the cervical internal carotid artery

 


頭蓋内の脳動脈の攣縮により、強い頭痛や攣縮を起こし、脳動脈の灌流領域に応じた神経症状を呈する可逆性脳血管攣縮症候群 Reversible Cerebral Vasoconstriction Syndrome : RCVSが知られています.この疾患は、3ヶ月もすれば、軽快し予後は良好です.このRCVSとは異なり、頭蓋外の内頚動脈、つまり「頚部内頚動脈の繰り返す攣縮」を起こす疾患群が注目をあびています.原因がよくわからないので、「特発性頸部内頸動脈攣縮症」とも言えるかもしれません.


攣縮が起る部位は、下の画像にあるように、頭蓋外の内頚動脈で、通常の動脈硬化病変が起る部位より末梢で、頭蓋底の動脈管に入る部位の少し手前を中心に起ります.左右同じ高さに起ることが多いようにも思います.また、相談を受けた患者さんは、頭蓋内の頚動脈管の入り口から眼動脈の間の内頚動脈に攣縮が起こることもあり、必ずしも常に、頭蓋外の内頚動脈だけに攣縮が起こるのではないかもしれません.


頚部内頚動脈の繰り返す攣縮は、若年者に多く、性差はなく、頭痛を伴わない片麻痺や黒内障 amaurosis fugax(真っ暗になるのではなく、白くぼやけることが多い)で発症し、文字通り両側の内頸動脈の攣縮を繰り返し、また攣縮と緩解の間隔は数時間から数日まであり、年単位で経過し、攣縮が繰り返し起こります.また、心臓の冠動脈の攣縮の合併もあり、狭心症 anginaや心筋梗塞 myocardial infarctionの合併も知られています.生化学的な検査は正常です.病態の解明はこれからですが、比較的若年者に起こり、頚部内頚動脈と冠動脈に同じような症候性の攣縮を起こることもあるため、全身性の血管症のひとつと考えられます.


鑑別診断には、脳梗塞を起こす疾患の中で、特に、上記RCVS、原発性の血管炎、頸部内頸動脈解離 dissection、繊維筋性異形成 fibromuscular dysplasiaなどの疾患があります.


治療として、カルシウム拮抗剤、抗血小板薬、ステロイド、頸部星状神経節ブロック、マグネシウム、ニトログリセリンなどが試みられてきましたが、決め手が無いのが現状です.Papaverinの頸動脈内への動注も一過性の効果しかありません.数例の頚動脈のステント治療の報告(藤本らの報告)はありますが、長期の予後を見た報告はありません.


この疾患の症例は少なく、論文も多くはありません.また、長く経過を見た報告もないことから、当院の患者さんのその後の経過を、追加しました.2017 2 10.


患者さん130歳台の女性、突然の左半身の知覚鈍麻の脳梗塞で発症しました.既往症や家族例はなく、生化学的検査も正常.発症時に痛みはなし.


   
  

     発症当日のMRAで、右の内頚動脈の血流は僅かで、ほぼ閉塞している.


     
  


発症翌日のエコーで、右内頚動脈の正常化が認められ、この画像は発症2日目のMRAで、正常である.知覚異常は数日で消失した.カルシウム拮抗剤の投与を行なっている.冠動脈の虚血のエピソードはなし.


上記の経過の後も、内頚動脈の攣縮によると思われる左右の脳虚血の発作が継続していました.頚部星状神経節ブロックに対するレーザー治療を、2-4週ごとにしばらく受けておられました(その効果の判定は難しいです).


4年後、一側の頚部内頸動脈に対しステント治療を行いました(プリサイス ステント 2本 3+4 cm).問題なく治療は行われましたが、治療時に反対側の内頚動脈の攣縮が起こっていました.約1ヶ月後のステント治療を行なった側の軽度の脳梗塞が起こりました.その後は、経過も良好ですが、時々、虚血の症状が短時間出現することは続いていました.そのような虚血発作が、続くため反対側のステント治療を、2年後に同様に行いました.その時も、大きな問題はなく治療を行いました.その後は、頭痛はあるものの、虚血発作は全くなく、2年経過しています.また、現在もワソランと抗血小板薬で経過観察中です.(全経過は8年間です).


患者さん230歳台の女性で、右半身の軽い麻痺で発症しています.左眼が見にくくなると症状が何年も前からあり、また時々、狭心痛もありました.また、月に1度程度の胸痛もありました.



                 


                      発症時のMRA                                                        その2週間後のMRA

   左内頚動脈が写っていません.         左内頚動脈がはっきり写っています.


このあとも内科的な治療を継続していますが、時々、内頚動脈の攣縮によると思われる脳虚血発作は継続しています.また胸痛、胸部絞扼感も継続しています.ニトログリセリン、抗血小板薬、 ニトログリセリンのスプレイで経過観察中です.ステント治療の可能性も説明をしていますが、患者さんの御希望もあり、内科的な治療を行なっています.年に数回、軽度の脱力発作があるようです.(10年間の経過).


この疾患で興味深いのは、左右の内頸動脈に血管攣縮が来ますが、恐らく同時には攣縮が起こらないメカニズムが働いているのかもしれません.また、一側の内頸動脈が、一時的に血流がなくなるにも関わらず、重篤な脳梗塞にならないような頭蓋内外の血管構築(側副路)をしていることも不思議です.さらに3例目で相談を受けた症例であった頭蓋内の内頸動脈(錐体骨部)の血管攣縮や全身、特に冠動脈の攣縮も、患者さんを診ていく上で重要なポイントになるように思います.



文献


葛本佳正、三井良之、上田治夫、他:喫煙が誘因と考えられた血管攣縮性脳梗塞の1例:脳神経 57:33-36, 2005


Yokoyama H, Yoneda M, Abe N, et al: Internal carotid artery vasospasm syndrome: demonstration by neuroimaging. J Neurol Neurosurg Psychiatry 77:888-892, 2006


Janzarik WG, Ringleb PA, Reinhard M, et al: Recurrent extracranial carotid artery vasospasm. Report of 2 cases. Stroke 37:2170-2173, 2006


Mosso M, Jung HH, Baumgartner RW: Recurrent spontaneous vasospasm of cervical carotid, ophthalmic and retinal arteries causing repeated retinal infarcts: a case report. Cerebrovasc Dis 24:381-384, 2007


Yoshimoto H, Matsuo S, Umemoto T, et al: Idiopathic carotid and coronary vasospasm: a new syndrome? J Neuroimaging XX:1-4, 2009


藤本道生、糸川 博、森谷匡雄、他:特発性頚部内頸動脈血管攣縮ん対する頚動脈ステント留置術の有用性.JNET 7:24-31, 2013



可逆性脳血管攣縮症候群 Reversible Cerebral Vasoconstriction Syndrome


2011.5.28 記載、2011.7.7、2012.3.10、2017.2.10、2019.7.16 追記


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