胎児と新生児の循環:脳AV shuntの影響
胎児と新生児の循環:脳AV shuntの影響
脳に動静脈瘻があると(動静脈のシャントがあると)、出生前や出生後いろいろな全身症状を出します.その理解は簡単ではありません.ことしの5月に行なったニッチ脳神経脈管カンファレンスで、講演をお願いした大阪市立総合医療センター 小児循環器内科の村上洋介先生にまとめていただいたproceedingsが理解しやすく、ここの引用させて頂きます.
胎児循環から生後の循環への移行:脳 AV shuntの循環器系への影響
大阪市立総合医療センター・小児医療センター 小児循環器内科 村上洋介
新生児期に心不全を呈する疾患一つに脳AV shuntを伴う頭蓋内血管奇形がある。胎児期より心不全を呈し胎児水腫となる例も存在するが、胎内では正常に発育した新生児が生後1~4日のうちに急激な心不全に陥るという経過が一般的である。胎児循環から生後の循環への移行のなかで脳AV shuntが循環系に及ぼす影響を考察する。
正常の胎児循環
胎児循環の特徴は、1)胎盤の存在:胎児循環中もっとも血管抵抗が低く、左右両心室の合計拍出量の45%が胎盤に流れる。2)高肺血管抵抗と動脈管の存在:肺血管抵抗は高く、肺への血流はわずかで、右室から駆出された血液の90%は動脈管を通じて下行大動脈に流れる。3)下大静脈へは臍静脈からの血流を含めて左右両心室の合計心拍出量の70%が還流する。その40%が卵円孔を通じて左房、左室に流入し大動脈に駆出される。4)上大静脈へ還流した血液のほとんどは右室に流入し肺動脈へと駆出される。5)右室と左室は並列循環になっている。大動脈における両循環の境界である左鎖骨下動脈の起始部と動脈管の流入部の間は血流が少なく内径も細くなっている(図1)。
図1. 胎児循環の模式図 数値は左右両心室の合計駆出量を100として表示している。胎児循環の研究は主にヒツジで行われた。ヒトとは若干違いがあるがここではヒツジによる研究データを示している。Ao,大動脈; DA,動脈管; d-Ao,下行大動脈; IVC,下大静脈; LA,左房; LV,左室; PA,肺動脈; PV,肺静脈; SVC,上大静脈
脳AV shuntを伴う胎児循環
脳での短絡のため上大静脈に還流する血液量が増大する。そのほとんどが右室に流入するため、左室の負荷はほとんど変わらず、右室に著明な容量負荷が加わる。胎盤の2倍の短絡量を有する脳AV shuntを想定すると右室流入血液量は正常の2.4倍となる(図2)。右室は拡大し三尖弁輪も拡大するため、三尖弁閉鎖不全が生じる。右室から肺動脈に駆出された血液は動脈管を通じて下行大動脈に流入するが、頭部の血管抵抗も低いため、大動脈を逆行する血流と下行大動脈を順行する血流に2分される。上記想定での左右両心室の合計心拍出量は、並列循環のため正常の190%となる。胎児での心負荷は右室負荷が主体である。
図2. 脳AV shuntを伴った胎児循環の模式図 胎盤の2倍の短絡量を有する脳AV shuntを想定。数値は正常胎児循環における左右両心室の合計心拍出量を100として表示。右室に著明な容量負荷かかる。並列循環のため左右両心室の合計心拍出量は正常の190%となる。
脳AV shuntにおける生後の循環への移行
出生とともに胎盤循環が途絶え、肺胞内に空気が入り呼吸が成立すると、肺血管抵抗が低下し肺血流が増加する。肺静脈から左房への還流血の増加とともに左房圧は上昇し、弁状に開いていた卵円孔は閉鎖する。動脈管を通る血液の酸素分圧上昇と胎盤からのProstaglandin E2の消失などによるProstaglandin E2濃度の低下により動脈管は閉鎖する。これにより並列循環から直列循環に移行する。短絡により増大した上大静脈からの還流血はそのまま右房、右室、肺動脈、左房、左室、大動脈と循環するため、全ての心腔が拡大し、両心負荷を呈するようになる。前項と同じく胎盤の2倍の短絡があると想定すると両心室の合計心拍出量は、正常胎児のそれの276%となる(図3)。
図3. 脳AV shuntを伴った生後の循環の模式図 胎盤の2倍の短絡を有する脳AV shuntを想定。数値は正常胎児循環における左右両心室の合計心拍出量を100として表示。並列循環から直列循環に変わるため、全ての心腔に容量負荷がかかる。左右両心室の合計心拍出量は正常の 276%となる。
両心室への容量負荷は胎児期よりさらに大きくなり、高心拍出状態での心不全となる。胎内で正常に育った新生児が生後急速に心不全に陥る要因の一つに、この並列循環から直列循環への移行がある。しかし、上記過程が通常通り進むとは限らない、大量の短絡による肺血流増大は肺うっ血を生じ、肺うっ血は反射性の肺小動脈収縮をもたらす。肺高血圧は持続し、肺循環で受け入れられない血液は、動脈管を右-左短絡することになる。また右房圧も高い状態が続き卵円孔を右-左短絡する(図4)。いわゆる胎児循環遺残となりチアノーゼを生じる。この状態で動脈管が閉じてくると体血圧を上回る肺高血圧となり右心不全となる。
脳 AV shuntの循環器系への影響の本質は頭部での左右短絡である。心臓に対しては右室容量負荷、ついで左室容量負荷となり、心拡大、肺うっ血、多呼吸が生じる。新生児の心予備能は少なく前負荷(心室に入る血液容量負荷)の増大に対しては、心拍数の増加で対応しなければならず頻拍となる。体循環に低血管抵抗の回路があるため、拡張期圧の低下と周囲より盗血が生じる。AV shunt近傍の動脈は、拡大し脈圧は大きくなり、心エコーにて収縮期、拡張期ともに順行性血流がみられる。下行大動脈は血流が減少し拡張期逆流が生じる。下肢末梢動脈の脈拍は触知不良となりあたかも大動脈縮窄に類似した血行動態(Coarctation-like physiology)となり鑑別に注意を要す。大動脈拡張期圧の低下は、冠状動脈血流は減少させ心筋虚血を生じる。心筋虚血は心不全をさらに悪化させ、重症例では腎不全、肝不全、多臓器不全に到ることになる。
図4. 脳AV shuntを伴った生後の循環(胎児循環遺残)の模式図 胎盤の2倍の短絡を有する脳AV shuntを想定。数値は正常胎児循環における左右両心室の合計心拍出量を100として表示。卵円孔、動脈管で右-左短絡をきたしチアノーゼを生じる。
文献
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参考図書
小宮山雅樹:神経脈管学、メディカ出版、大阪、2012
2008.10.28記