あなたは貧血ではないの?

オスラー病患者における鉄欠乏評価の実践的アプローチ


オスラー病または遺伝性出血性毛細血管拡張症(Hereditary Hemorrhagic Telangiectasia; HHT)は,慢性的な出血(鼻出血・消化管出血)を背景として,鉄欠乏性貧血(iron deficiency anemia, IDA),機能的鉄欠乏(functional iron deficiency, FID),および一見すると貧血を認めない非貧血性鉄欠乏(non-anemic iron deficiency, NAID)といった状態を高頻度に合併する.本資料では,日常診療での使用を目的として,オスラー病患者における鉄代謝評価の実践的検査オーダーと解釈のポイントを整理する.

オスラー病における鉄欠乏の3つの病態


1.鉄欠乏性貧血(Iron deficiency anemia, IDA)
慢性的な鉄喪失により体内鉄貯蔵が枯渇し,ヘモグロビン低下,小球性・低色素性貧血を呈する状態.

2.機能的鉄欠乏(Functional iron deficiency, FID)
体内鉄貯蔵(フェリチン)が正常〜高値であるにもかかわらず,造血に利用可能な鉄が不足,あるいは利用できない状態を指す.慢性炎症,持続的出血,鉄需要の増大などによる鉄動員障害が関与する.

3.非貧血性鉄欠乏(Non-anemic iron deficiency, NAID)
ヘモグロビン値が基準範囲内であっても,TSAT低下やフェリチン低値などの検査異常,あるいは易疲労感などの症状を呈する状態であり,オスラー病患者では症状の先行や治療中評価として臨床的に重要である.


IDA / FID / NAID の比較


オスラー病では,IDA,FID,NAIDの3つの状態が,同一患者において治療経過や時間経過とともに相互に移行しうる.いずれの状態においてもTSATは低値を示し,生体としては鉄欠乏状態にあり,治療介入を要する.


推奨検査項目


【末梢血検査】        RBC, Hb, Ht, MCV, MCH, MCHC, 網赤血球
【鉄代謝関連】        血清鉄(Fe), TIBC, UIBC, フェリチン
【炎症評価】CRP
【造血関連】ビタミンB12, 葉酸
【溶血除外】総ビリルビン, 直接ビリルビン/間接ビリルビン


TSAT(Transferrin Saturation)と TIBC


TIBC(総鉄結合能)は,TIBC = 血清鉄(Fe)+ UIBC(不飽和鉄結合能)として算出される.TSAT(%)は,TSAT(%)= 血清鉄(Fe)/ TIBC × 100 により算出され,循環血中で造血に利用可能な鉄の指標である.一般的な基準値は20–45%とされ,上記IDA, FID, NAIDのどの状態でも低く出る特徴がある.

TSATは多くの施設で検査値として自動表示されないため,Fe と TIBC から計算する必要がある.オスラー病では,フェリチンが炎症の影響を受けやすいことから,フェリチン単独ではなく TSAT を重視した解釈が有用な場面がある.


鉄代謝ステップと検査値の対応



検査値解釈に影響する因子


血清鉄およびTSATは,経口鉄剤の内服時間や直近の摂取により大きく変動する.鉄剤内服後数時間以内の採血では,血清鉄およびTSATが一過性に上昇し,鉄状態を過大評価する可能性がある.

実務上は,鉄代謝評価を目的とした採血当日は鉄剤を内服せずに採血を行い,採血後に鉄剤を内服する方法が有用である.

また,制酸薬,PPI,カルシウム製剤の併用は鉄吸収を低下させる可能性があり,解釈時に考慮する必要がある.


まとめ


・オスラー病患者の鉄欠乏評価には,通常の鉄欠乏性貧血(IDA)とは異なる視点が必要である.
・IDA,FID,NAIDは固定した診断名ではなく,治療経過や時間経過とともに相互に移行しうる病態である.
・フェリチン単独評価を避け,TSATを含めた多項目・縦断的モニタリングが推奨される.


大阪市立総合医療センター 脳神経外科

文責:小宮山雅樹

2025年12月15日 version 1.0


オスラー病と貧血 version 1.0  2025 12 15.pdf


2025/12/15 記載