脊髄血管撮影

歴史

脊髄の血管病変の診断・治療には、脊髄の選択的血管撮影は必須である.選択的脊髄動脈撮影は、歴史的に見てDjindjian, Di Chiro, Doppmanらの業績が大きい [2-4]. 1970年ごろは、日本ではSeldinger法自身が、まだ一般的な血管撮影法でなかった時期であるが、欧米でも特に脊髄動脈撮影は、対麻痺や下肢の痙攣 (spasm)などの合併症に対する危惧があり、一般化するには時間がかった.脊髄動脈撮影が一般化してきた背景には、非イオン性の造影剤の開発が大きく、技術的にはdigital subtraction angiography (DSA)の進歩、さらに治療におけるマイクロカテーテル・ガイドワイヤーの開発も大きな役割を果たした.


MR imagingと脊髄血管撮影の役割

MR imagingが脊髄血管病変の初期検査であることは言うまもない.MR imagingにより脊髄血管病変を疑われる場には、脊髄血管撮影が適応となる.小さなdural arteriovenous malformationやperimedullary arteriovenous fistulaにおいて、脊髄表面の静脈拡張は、MR imagingでは描出されないこともあるため、脊髄病変が疑われる場合、MR imagingが正常であっても、脊髄動脈撮影が適応となる.脊髄造影(myelography)は、脊髄表面の拡張した静脈の描出にはすぐれているが、これも false negative があるため、現在では、脊髄造影を必要とする症例は殆どない.MR imagingの目的は、存在診断,質的(鑑別)診断、手術・塞栓術における情報,術後のfollow-upである.脊髄血管病変の治療の方針を立てるに当たって,脊髄血管撮影を省略することはできない.脊髄動脈撮影がnegativeであっても、臨床所見が説明しにくい場合は、繰り返し脊髄動脈撮影を行うことがある [5].


脊髄動脈撮影の適応

脊髄動脈撮影の適応疾患は、脊髄血管病変や血管性(hypervascular)腫瘍性病変である.頻度の低い適応には、胸腹部大動脈瘤の術前や脊椎の前方・側方アプローチの術前の血管構築の把握(Adamkiewicz arteryの位置確認)がある [6,7].しかし、胸腹部大動脈瘤の術前に選択的脊髄動脈撮影を行っても、血管撮影自身には合併症はないものの、術後の対麻痺の出現頻度には影響がなかったとする報告もある [6].


脊髄動脈撮影の目的

(1) Pathological vasculature: 病変の種類(動静脈奇形・動静脈瘻・硬膜動静脈瘻・動脈瘤・腫瘍など)・存在レベル、その血管構築・vascularity・栄養動脈・導出静脈を描出する.(2) Normal vasculature: 正常な脊髄血管(前脊髄動脈・後脊髄動脈・Adamkiewicz arteryなど)の描出.(3) Collateral vasculature: 病変との関係で、上下・左右・周囲からの側副血行路を描出する.


麻酔

局所麻酔と全身麻酔があるが、脊髄血管撮影は手技的には局所麻酔で可能であるが、欧米では画質や患者の負担を重視して、全身麻酔で行われることが多い.特に、静脈相まで患者の動きのない良好な画像を得るためには、全身麻酔が有用である.撮影時に、完全に無呼吸に出来る点でも全身麻酔が有利である.腸管の動きを押さえるためにglucagonを投与したり、胃の中の空気を抜くために胃管を入れたりすることもある.術中に神経学的所見を評価する場合は、局所麻酔にするか、静脈麻酔で、一時覚醒させたりする工夫が必要である.治療目的で全身麻酔を使う場合は、SEPやMEPなどのモニターを行なう.


カテーテル

大腿部に4-5Fの血管シースを入れて脊髄動脈撮影を行う.シース留置により微妙なカテーテル先端の感触が手元に良く伝わり、またカテーテルの交換も簡便となる.腸骨動脈からの分枝を検査する場合は、短いシースを使用する.カテーテルの先端は特に柔らかいものを選択する.カテーテル・サイズは、4-5Fを使用する.脊髄動脈撮影に用いるカテーテルの先端形状は、Michaelson、Simmons、Shepherd Hook、SidewiderのようにU-turnしたものとCobraのようにU-turnせずに直接肋間動脈に挿入されるタイプがあり、術者の好みで使い分けられる.前者は、大動脈からの肋間動脈の分岐が尾側向きである場合に、後者は、逆に吻側向きの場合に適している.いずれにせよ、安定したカテーテルの位置を得るためには、先端の曲がりの大きさが重要であり、大動脈径を考慮し、肋間動脈の入り口と反対側の大動脈の壁でカテーテルを支えるような大きさのカテーテルを選択する.つまり、若年者よりも高齢の患者の方が大動脈径は、大きいのでカテーテルの先端のループ径は大きいものを選択する.U-turnするタイプのカテーテルは、腸骨動脈・腎動脈・鎖骨下動脈の分岐を利用して大動脈内でU-turnさせる.脊髄動脈の選択にガイドワーヤーは必要なく、カテーテル操作のみで行う.無理な操作は、血管攣縮を起こす.脳血管撮影時の外頸動脈で起こる血管攣縮よりも緩解しにくい.


撮像条件

最初に、下行大動脈撮影(flush angiography)を行い、病変全体のオリエンテーションをつける.これには、pigtailのカテーテルをTh5レベル付近に置いて行う.8-10mL/秒で総量30mLの非イオン性造影剤(300mg/I)を用いる.また、大腿動脈から逆行性に造影を行う場合もあり、これは、特に内腸骨動脈の枝である外側仙骨動脈や腸腰動脈、遠位大動脈を中心に検査したい場合に有用である.前後像で検査をすすめるが、適宜、側面像を加える.身体のボリュームから側面像を撮ることが困難な場合は、正面像の立体撮影を行う.


選択的血管撮影方法

脊髄を栄養する動脈には、頚髄レベルでは、上行咽頭動脈、後頭動脈、椎骨動脈、上行頚動脈、深頚動脈があり、上部胸髄では最上肋間動脈が、仙髄レベルでは内側および外側仙骨動脈と腸腰動脈がある.つまり、病変の性質、部位により選択的な撮影を必要とする動脈の数は、変わってくる.MR imagingとうまく組み合わせることにより、効果的な血管撮影を行うように計画する.上行咽頭動脈、後頭動脈、椎骨動脈、上行頚動脈、深頚動脈、最上肋間動脈の造影は、脳血管撮影に準ずる.また、腰髄・仙髄レベルでは、選択的な造影以外に、非選択的な逆行性造影が有効な場合がある.これは、選択的造影の前に行う意味合いと選択的な造影で撮像から漏れる動脈を防ぐという意味合いがある.


大腿からの逆行性脊髄動脈造影:一側(または両側)の大腿動脈に18Gのエラスター針またはシースに挿入されたカテーテル(先端は大腿部・外腸骨動脈)を介して、インジェクターを使用して、逆行性に造影剤を注入する.腸腰動脈と外側仙骨動脈や腹部大動脈の遠位端から分岐する正中仙骨動脈が描出されるだけではなく、注入量に応じて、腰動脈、肋間動脈も描出される.造影剤が大動脈の後壁を中心に逆行するため、大動脈の前壁から分岐する消化管への枝が描出され難く有用である.この結果を、踏まえて選択的動脈撮影を行えばよい.


選択的肋間動脈・腰動脈撮影:肋間動脈は大動脈の壁に左右対称に存在するのではなく、大動脈の後壁中心にある.また、同じレベルの肋間動脈でもその大動脈からの分岐は、共通管をつくっている場合や僅かの距離しか離れていないことが多い.カテーテル操作は、通常は前後透視で行われ、肋間動脈の入り口は大動脈の後壁にあるので.カテーテル先端の向きを、まず左側に向けて、カテーテルを時計回りにゆっくり回転させると、大動脈の後壁を、左から右へカテーテル先端が、移動することになる.また、逆も同じである.造影剤の注入は、1-2mL/秒で行い(総量3-5mL)、静脈相まで十分に撮影する.


肋間動脈が、共通管から分岐していている場合や逆流のためや側副路を介して数椎体レベルが描出されることがある.この場合、椎体(椎体枝により栄養される)が造影されれば(vertebral blushが認められれば)、このレベルの肋間動脈の描出は、十分であり、再度行う必要はなく、別レベルの肋間動脈の検査を行う.撮像の終わった枝とそうでない枝を区別するために、肋間動脈・腰動脈の表をつくっておいて、撮像が終了した枝をその度に、不潔の助手に印を付けてもらうと撮像の漏れを防ぐことが出来る.


合併症

脊髄血管撮影の手技自身は、単調で困難ではないが、時間がかかることが多い.脳血管撮影と異なり脊髄血管撮影の施行頻度が低く、また施設により検査手技が異なるため、その合併症に関してのデータは少ない.合併症のまとまった報告は、Forbesらのものだけで、神経合併症が2.2%であったが、すべて一過性であったと報告している [5].過去には高張(hyperosmolar)のイオン性造影剤のためと思われる合併症が多かった.非イオン性造影剤を使うことで、造影剤の毒性(neurotoxity)によると考えられる合併症は大きく減少した.合併症として、下肢の麻痺や下肢の痙攣(spasm)が起こる場合がある [3].下肢の痙攣に対しては、diazepamの静注または肋間動脈にdiazepamを動注する.静脈性高血圧(venous hypertension)のある硬膜動静脈瘻や傍髄質動静脈瘻などでは、一過性に筋力低下の悪化をみることがある.


3D-Rotational Angiography (3D-RA)

脊髄血管病変に対して3次元回転撮影を行い、3D画像を得ることが可能になった. 3D-RAは、髄内病変と髄外病変の鑑別、栄養血管・nidus・導出静脈での動脈瘤の検出、病変の3次元構造の理解、血管病変と脊椎・脊髄など周囲の構造との関係の評価に有効である [8].実施には、300mgI/mLの非イオン性の造影剤を使い、選択的造影では、1-2mL/秒(300psi)で、超選択的造影の場合は、0.5mL/秒(450psi)で、回転撮影に必要な時間注入する.画像化する時に、脊椎・脊髄をうっすら描出するようにグレイスケールを設定して、病変と周囲との関係を明らかにすることが可能である.


参考文献


1. Nelson PK, Setton A, Berenstein A: Vertebrospinal angiography in the evaluation of vertebral and spinal cord disease. Neuroimag Clin North Am 6:589-605, 1996


2. Djindjian R: Angiography of the spinal cord. Surg Neurol 2:179-185, 1974


3. Di Chiro G, Wener L: Angiography of the spinal cord. A review of contemporary techniques and applications. J Neurosurg 39:1-29, 1973


4. Doppman JL, Di Chiro G: subtraction angiography of spinal cord vascular malformation. J Neurosurg 23:440-443, 1965


5. Forbes G, Nichols DA, jack CR, et al: Complications of spinal cord arteriography: prospective assessment of risk for diagnostic procedures. Radiology 169:479-484, 1988


6. Williams GM, Rosenborough GS, Webb TH, et al: Preoperative selective intercostal angiography in patients undergoing thoracoabdominal aneurysm repair. J Vasc Surg 39:314-321, 2004


7. Champlin AM, Rael J, Benzel EC, et al: Preoperative spinal angiography for lateral extracavitary approach to thoracic and lumbar pine AJNR 15:73-77, 1994


  1. 8.Prestigiacomo CJ, Niimi Y, Setton A, et al: Three-dimensional rotational spinal angiography in the evaluation and treatment of vascular malformations. AJNR 24:1429-1435, 2003



2009.4.17記


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