肝臓血管奇形
肝臓血管奇形
オスラー病における肝臓の血管奇形 (国際ガイドラインから)
D1: 専門委員会は、
オスラー病の確診または疑いの成人の患者は、肝臓の血管奇形のスクリーニングを受けることを推奨します.
エビデンスの質:低い(84%が同意)、推薦の強さ:弱い(93%が同意)
D2: 専門委員会は、
肝臓の血管奇形による合併症(心不全、肺高血圧症、心臓のバイオマーカーの異常、肝機能試験の異常、腹痛、門脈圧亢進症、脳症を含む)を示唆する症状や兆候を持つオスラー病患者には、ドップラー超音波検査、ダイナミックCT、造影の腹部MRI検査による肝臓の血管奇形の診断検査を行うことを推奨します.
エビデンスの質:高い(98%が同意)、推薦の強さ:強い(100%が同意)
D3: 専門委員会は、
ファーストライン治療を、合併症や症状のある肝臓の血管奇形を持つ患者だけに、肝臓の血管奇形の合併症の症状に合わせて行うことを推奨します.
高拍出量の心不全や肺高血圧症を持つオスラー病の患者は、オスラー病の専門施設で、オスラー病に詳しい循環器内科医や肺高血圧症の専門医と一緒に治療を受けることを推奨します.
エビデンスの質:中等度(88%が同意)、推薦の強さ:強い(88%が同意)
D4: 専門委員会は、
臨床医が、綿密な監視が必要な患者を同定するために、知り得る予測因子をもちい、肝臓の血管奇形の予後を評価することを推奨します.
エビデンスの質:中等度(89%が同意)、推薦の強さ:強い(82%が同意)
D5: 専門委員会は、
肝臓の血管奇形による症候性の高拍出量心不全の患者で、ファーストライン治療に十分に反応しない場合は、静注のベマシズマブの投与を考慮することを推奨します.
エビデンスの質:中程度(98%が同意)、推薦の強さ:強い(98%が同意)
D6: 専門委員会は、
特に、治療抵抗性の高拍出量の心不全や胆道虚血、複雑な門脈圧亢進症など、肝臓の血管奇形の症候性合併症を持つ患者は、肝臓移植を視野に入れ、紹介受診することを推奨します.
エビデンスの質:中程度(83%が同意)、推薦の強さ:強い(92%が同意)
D7: 専門委員会は、
オスラー病の確診や疑いの全ての患者に対する肝臓の生検を避けることを推奨します.
97%が同意、エビデンスのレベル:III、推薦の強さ:強い
D8: 専門委員会は、
肝臓の血管奇形を持つ患者に対する肝動脈塞栓術は重篤な合併症や致死率を伴い、一時的な効果しかない手技のため、避けることを推奨します.
94%が同意、エビデンスのレベル:III、推薦の強さ:強い
「国際HHTガイドライン第2版の臨床推奨事項と国際HHTガイドライン第1版の現在推奨されている臨床推奨事項について」Annals of Internal Medicine, 2020の和訳版から
HHT Q & A 50 から
Q22. 肝臓の血管奇形があることで、どんな症状が出ますか?
A22. 海外の報告では、オスラー病(HHT)の患者さんの44-77%に肝臓の血管奇形が見つかるといわ れています.オスラー病には、HHT1やHHT2など原因遺伝子の違いにより、いくつかのタイプがあ りますが、肝臓の血管奇形は、HHT2に発生しやすい傾向があります.また、1:2~1:4.5の割合で男 性よりも女性に多いようです.肝臓の血管奇形は、肝臓の一部に限局する小さな病変から、肝臓全体 に広がる大きな病変まで、様々な形態があります.大多数の患者さんでは肝臓の血管奇形による症状 はなく、肝機能も正常ですので、治療の必要はありません.しかし、約8%の患者さんでは、平均50 歳以降に、重い症状が現れる可能性があり、病状に応じて治療が必要になります.
肝臓には、肝動脈、門脈、肝静脈など3種類の血管系が存在します.肝動脈は、肝臓で作られた胆 汁の通り道である胆管に血液を送ります.門脈は、腸から吸収された栄養を肝臓に運ぶ経路として重 要です.一方、肝静脈は、肝動脈や門脈から肝臓に流れ込んだ血液を心臓に戻す経路です.肝臓の血 管奇形では、これらの血管の間に「シャント」と呼ばれる異常なつながり(短絡)ができます.シャ ントには、肝動脈と肝静脈の間、肝動脈と門脈の間、そして門脈と肝静脈の間にできる三通りの組み 合わせがあります.個々の患者さんでは、どの組み合わせのシャントが主体かによって、症状も異な ります.
例えば、肝動脈̶肝静脈シャントでは、胆管(たんかん)を養う動脈の血流が減少するため(胆管 虚血)、胆管が途中で狭くなって胆汁の流れが滞り、その末梢の胆管が拡張したり、袋状の嚢胞(の うほう)を形成することもあります.胆汁が停滞した胆管は炎症や感染を起こしやすく、腹痛や発熱 の原因になります.また、肝動脈̶肝静脈シャントでは、圧が高く勢いのある動脈の血流が直接静脈 に流れ込むため、心臓に戻る血流が増加し、ポンプとしての心臓の働きに負担がかかります.このよ うな負荷が心臓に長年続くと、やがて心臓の機能が低下し、「高拍出性心不全」と呼ばれる状態に陥 ります.高拍出性心不全では、息切れ、全身倦怠感、疲労感、体のむくみ、不整脈などの症状が現れ ます.
肝動脈̶門脈シャントがある場合、通常は圧が低く流れが緩やかな門脈に勢いの強い動脈の血流が 流れ込むため、門脈圧が上昇する「門脈圧亢進症(もんみゃくあつ こうしんしょう)」と呼ばれる 状態になります.門脈圧亢進症になると、肝臓が次第に硬くなり、本来肝臓に向かって流れるはずの 門脈の流れが逃げ場を求めて、肝臓周囲の臓器に迂回路を形成します.その結果、胃や食道に静脈瘤 ができて出血する恐れがあります.また、腸がむくんでお腹に水が貯まったり、血球成分を処理する 脾臓が腫れて貧血や血小板の原因にもなります.
門脈と肝静脈シャントでは、本来、肝臓で処理されるはずのアンモニアや微量元素のマンガンなど が素通りして全身に流れるため、脳にも影響して意識障害や精神症状を起こす「肝性脳症(かんせい のうしょう)」と呼ばれる状態になります.
一方、シャントによる肝臓の血流異常によって、肝臓自体に「限局性結節性過形成(けっせつせい かけいせい)」や「再生性結節性過形成」と呼ばれる良性の結節(しこり)を作ることがあります. 結節は数mmから数cmと大きさは様々で、多発することもあります.極めて稀に、悪性腫瘍である「肝 細胞癌(かんさいぼうがん)」が合併したとする報告もありますが、オスラー病との因果関係は不明 です.
1. European Association for the Study of the Liver. EASL clinical practice guideline: vascular diseases of the liver. J Hepatol 64:179-202, 2016
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Q23.肝臓にも病変ができるらしいですが、どんな検査が必要ですか?
A23. オスラー病に伴う肝臓の血管奇形は、自覚症状がないことが多いため、その存在診断には画像 診断が必要です.画像診断のうち、最も身体への負担や影響が少ないのは、超音波(エコー)です. 血管を映し出すカラーモードにより肝動脈、門脈や肝静脈の拡張蛇行やシャントが検出できます.さ らにドップラーモードにより、血流の詳しい解析が可能です.超音波で計測した肝動脈の拡張や流速 の程度によるグレード分類も提唱されており、心不全の状態と良く相関します.
造影CTは、肝臓の血管奇形の検出には非常に鋭敏な検査です.ヨード性造影剤を腕の静脈から注入 すると、肝臓の血管が白く造影されます.肝臓の血管奇形は血流が多いため、周りの肝臓に比べて早 いタイミングで造影されます.肝臓全体に血管奇形が広がる場合は、肝動脈、門脈や肝静脈の著しい 拡張や蛇行が見られ、肝臓自体も不均一にまだらに造影されます. 肝臓の血管奇形により症状を有する場合は、肝臓以外の検査も必要です.例えば、高拍出性心不全 の評価のため、心臓の超音波検査により、心臓の大きさ、形、壁の厚さや動き、血流の状態などを調 べます.門脈圧亢進症があれば、食道や胃に静脈瘤ができていないか、胃カメラでチェックが必要で す.肝臓や心臓の血行動態を詳しく調べるために、首や太ももの付け根から血管にカテーテルを入れ て検査を行うこともあります.
また、血液検査により、肝機能・胆道系・血液凝固系の障害、貧血や血小板低下などをチェックす る必要があります.画像診断に頼らずに、肝臓の血管奇形に伴う症状リスクを予測するために、1年 齢、2性別、3血液中ヘモグロビン値、4血液中アルカリフォスファターゼ(ALP)値の4つの項目のス コアにより、低・中間・高リスクの3段階に分ける方法も提唱されています.
一方、オスラー病に伴う肝臓の結節の診断には、腹部超音波、造影CTや造影MRIが有用です.結節 は数mmから数cmと大きさは様々で、多発することもあります.結節を詳しく調べるために、超音波 で映しながら針で刺して組織を採取して病理検査を行うことを針生検といいます.しかし、オスラー 病に伴う肝臓の結節は通常良性であり、肝臓の血管奇形による出血リスクもあることから針生検は避 けるべきです.
1. European Association for the Study of the Liver. EASL clinical practice guideline: vascular diseases of the liver. J Hepatol 64:179-202, 2016
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Q24.肝臓にも血管奇形があると言われました.治療はどんなものがありますか?また将来、どうなっ ていくのでしょうか?
A24. 肝臓の血管奇形は、肝臓の一部に限局してできる小さい病変から、肝臓全体に広がる大きな病 変まで、様々です.ほとんどの患者さんでは、自覚症状がなく、肝機能にもあまり変化が現れません. 従って、肝臓の血管奇形が見つかったからといって、無症状の場合は治療の必要はありません.しか し、一部の患者さんでは、加齢に伴い次第に症状が現れることがあります.
症状が現れる血管奇形では、肝臓の広い範囲に病変が広がっていることが多く、病状に応じた内科 的治療が主体となります.例えば、高拍出性心不全を起こしている場合は、塩分摂取の制限、利尿剤、 βブロッカー、強心剤、血管拡張剤、抗不整脈薬などが使われます.門脈圧亢進症や肝性脳症を起こ していれば、肝硬変の治療に準じた肝機能改善薬が使われます.胆管炎には、胆汁の分泌や排泄を改 善する利胆剤や、抗生物質が用いられます.
内科的治療で効果が不十分な場合は、積極的治療として、肝臓移植(かんぞういしょく)や肝動脈 塞栓術(かんどうみゃく そくせんじゅつ)が考慮されます.肝臓移植は、重症の胆管壊死・高拍出 性心不全・門脈圧亢進症に適応となりますが、日本ではオスラー病の患者さんにほとんど行われてい ません.海外の成績では、40例を対象に肝臓移植が行われたところ、心不全、大量出血や拒絶反応が 原因で移植後間もない時期に8例(20%)が死亡しています.しかし、周術期を乗り切った例では、10 年生存率83%と成績は良好です.一方、肝動脈塞栓術は、カテーテルを太ももの動脈から肝動脈に挿 入して塞栓物質を注入し、肝動脈̶肝静脈シャントを詰めて心臓の負担を減らすための治療です.し かし、胆管虚血や門脈̶肝静脈シャント(肝臓への門脈血流が低下)がある状態で肝動脈を詰めると、 肝臓や胆管の壊死が起こり、かえって命取りになる危険性があります.従って、肝動脈塞栓術は原則、 避けるべきですが、肝臓移植の候補者にならない場合は、担当医とよく相談して慎重に判断しなけれ ばなりません.
また、オスラー病では、血管内皮細胞増殖因子(けっかんないひさいぼう ぞうしょくいんし: VEGF)と呼ばれるタンパク質が血液中に増加している傾向があります.海外では、従来、がん治療 に用いられる抗VEGF阻害薬(一般名ベバシズマブ、商品名アバスチン)がオスラー病にも使われ、 肝臓の血管奇形による高拍出性心不全、胆管障害や門脈圧亢進症を改善する効果が報告されています. 日本では、ベパシズマブは、大腸癌を始め悪性腫瘍に対する抗癌剤として販売されていますが、現在、 オスラー病には保険適応がありませんので、保険診療で投与することはできません.海外の使用例で は、ベバシズマブは、点滴による静脈内注射で2週間隔で6回反復投与されています.消化管出血、動 脈血栓症、重症高血圧、腎障害、うっ血性心不全など重い副作用の危険性にも注意が必要です.
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