オスラー病と妊娠
オスラー病と妊娠
HHTと妊娠について説明リーフレットです.
ロンドン、ハマスミス病院の オスラー病の大家であるShovlin先生が、英国内向けに作成したリーフレットを小宮山が許可を得て、和訳しました.
→ HHT Pregnancy J-leaflet 2016 6.pdf
妊娠とHHT
(HHT: 遺伝性出血性毛細血管拡張症、オスラー・ウェーバー・レンドゥ症候群)
クレア ショブリン(CLAIRE SHOVLIN)
臨床・分子医学 准教授・主任臨床医
ハマスミス病院・インペリアル カレッジ ロンドン
1997, 2002, 2010年の原著論文からの引用
妊娠中には、ホルモンの量や血流が大きく変化します.これらにより妊婦は今まで無い様々な症状(つわり、疲労感、失神、そして大食)を呈します.母親にHHTがあると新たな心配が起こります.私の鼻出血はどうなるの?何を心配しなければならないの?私の主治医と私は知っておくべき特別なことがあるの?生まれてくる子供に私のHHTはどのように影響するの?
この情報リーフレットは、英国のハマスミス ロンドン病院に通っている患者さんが受けている説明と同じ情報をあなたに伝えるために作成しました.私たちは、あなたに妊娠してもいいとか、妊娠を避けるべきとか、アドバイスすることはできません.それはあなたの主治医が個々のアドバイスをするのに最も適しているからです.しかし、あなたがHHT患者であれば、あなたの妊娠が通常の妊娠とどのように異なるのか、そして最大限安全にどのように妊娠したらいいのかについてあなたに伝えることは可能です.
妊娠はどうしてHHTに影響するのでしょうか?
妊娠中は、身体の中の循環血量は、最大60%増えます.これは正常であり、胎児の成長にとても重要です.これはまた脆弱な血管が出血しやすくなることを意味します.このため母親の身体は、多くの血管が拡張することで増加した血液に対処します.この血管拡張は(出産後に)妊娠前の大きさに戻るとは限りません.にもかかわらず、HHT患者さんの妊娠の大半は、母親にとっても、子供にとっても安全です.
妊娠に関連した合併がより起こりやすい家族はありますか?
あなたの御家族の中のHHT患者さんは、同じ遺伝子変異を持っているにもかかわらず、異なる症状を持っていることを知っていると思います.これは変異した遺伝子以外に何らかの要因が、個々の患者さんの様々なHHTの症状に関係しているためです.これには妊娠に関連した合併症も含まれます.
161例と484例のHHT関連の妊娠の2つの報告を見てみますと、重症の合併症のあった一人の女性を除き、全ての症例は、全く問題無い妊娠の経験のある近い親族の女性たちがいました.合併症を持つ女性は、遺伝子変異も異なり、異なるHHT家系に属していましたし、この家族が特別に変わっているというわけでもなかったです.従って、家族の一員が合併症を持つとか持たないというだけで、同じことがあなたに起こることにはなりません.
HHT 妊娠:その事実
生まれてくる子供は大丈夫なの?
3つの報告によると、HHT関連の妊娠でも、非関連の妊娠でも流産の割合は変わりません.当たり前ですが、平均するとHHTの母親や父親から生まれてくる半数の子供がHHTになります.しかし、非HHTの妊娠よりも、HHT関連の妊娠により異常が多いという証拠はありません.
肺の動静脈ろうのため母親の酸素飽和度が非常に低くても、胎児の正常な成長は可能で、私たちが診た最も低い酸素飽和度の母親でも、健康ですが、低体重児の早産が普通であることを認識することは重要です.もし酸素飽和度が非常に低い場合、あなたの産科医に胎児の成長を注意深く診てもらうほうがいいでしょう.
私自身は大丈夫なの?
多くの妊娠がHHT関連の重症の合併症になることはありません.鼻出血は通常悪化し、新たな皮膚の毛細血管拡張病変も出現します.しかし、中には妊娠して鼻出血が改善する人もいますし、出産後、皮膚病変が改善することもあります.以下の5つの重要な留意事項があります.
1) 妊娠中の肺動静脈ろうの出血
肺の動静脈ろうは、一部の女性で、妊娠の後期に出血することがあり、母体や胎児の死亡につながるということが稀にあることを強調する症例報告があります.このようなことがどのぐらいの頻度で起こるかは不明であるため、このリスクのために、肺の動静脈ろうを持つHHTの女性は妊娠を避けるべきであると言われることがあります.このような頻度を調べてみました.倫理委員会の承認のもと、肺の動静脈ろうを持つ111人のHHTの女性の262回の妊娠の転帰と、彼女たちの一親等以内のHHTの親族女性86人の222回の妊娠の転帰を調べてみました.その結果、たった1.02%で肺の動静脈ろうからの大きな出血が起こり、1.00%で母親が死亡していました.これは言い換えると、このような合併症は非常に稀であるということになります.
残念ながらどのような女性がこの稀な合併症にあうかは予想不可能です.全ての死亡は、出血前は問題無いと考えられていた女性に起こっていました.しかし、HHTや肺の動静脈ろうを妊娠前に診断されていると、生命に関わる出血が起こっても、その女性の生命予後の改善につながっていることが分かりました.(p=0.041, フィッシャーの直接確率検定).
妊娠後期に、鼻出血では説明できない血液を喀出した時や突然に息苦しくなった場合は、これは医学的に緊急事態であり、そのままあなたは入院の必要があることを、あなたも主治医も知っておくべきです.塞栓術や他の緊急の治療は、妊娠中であっても可能です.
2) 肺動静脈ろうの増大
私たちの最初の報告では、肺の動静脈ろうが妊娠中に出現したり大きくなったりしていました.この報告以降、妊娠の6ヶ月までや出産後に自然に縮小したり、妊娠の後にしばしば治療がいらなく症例があったりしたのですが、肺の動静脈ろうのさらなる増大も経験しました.肺の動静脈ろうの再評価は大切ですが、私たちは、いつも循環動態が落ち着く少なくとも出産後6ヶ月は待つことにしています.肺の動静脈ろうの増大を助長する妊娠ですが、妊娠がないとしても、これからの人生で肺の動静脈ろうが出現するか否かは分かっていません.
3) 脳動静脈奇形の出血
HHT関連や非HHT関連患者の脳動静脈奇形が分娩中や妊娠中に出血しやすいという十分なデータはありません.しかし、脳動静脈奇形の出血のリスクは、出血と妊娠が同時に起こることがあるので、当然の関心事です.
2008年の484症例のHHT関連の妊娠の報告では、たった0.12%に脳梗塞が起こっていましたが、この全てが必ずしもHHTに関連はしていませんでした.HHT患者の10%が脳動静脈奇形を持っており、従って僅かな女性にだけ問題がありますが、多くの脳動静脈奇形を持つ女性が正常な妊娠をすることが分かると思います.
4) 脊髄の動静脈奇形
麻酔科の一部の医師は、HHT患者の1%に脊髄動静脈奇形があるので、硬膜外麻酔は非常に危険だと思っているため、帝王切開を必要とする女性は、全身麻酔が行われます.これが正しいとすれば、脊髄動静脈奇形を否定し、硬膜外麻酔ができるようにMR検査をしてもいいでしょう.
5) 肺塞栓症
HHTではない女性では、肺梗塞(血栓が肺に飛んでいくことで起こります)は重要な死因の一つです.あなたはHHTであるという理由だけで、あなたが肺梗塞にならないということはありませんし、実際、HHTで肺梗塞になった患者さんを知っています.
私はHHT患者です.そして子供が欲しいです.どうすればいいのですか?
1)最初に申し上げたいのは、「決してパニックにならないで」です.HHTの女性は何世紀もの間子供をもうけてきました.そしてその多くが、全く正常な妊娠でした.あなたが肺動静脈ろうや脳動静脈奇形を持っているなら、妊娠の可能性について専門医と相談することが重要です.
2)妊娠する前に、あなたに肺動静脈ろうがないかチェックすることが重要です.肺動静脈ろうをどのように検査するかは、異なる検査方法があるため、あなたがどこに住んでいるかによって変わってきます.主治医は、あなたが妊娠する前に肺動静脈ろうを治療しようとすると思います.歯科治療や分娩を含めた外科手術の前に予防的な抗生物質の投与が勧められます.
3)あなたが妊娠を予定しているとすれば、アルコール、タバコ、葉酸に関する通常の出産前の勧告を守ることを忘れないでください.いつもの食料品や薬品が妊娠初期に安全かどうかの確認も必要です.
4)妊娠中に、肺からの出血(血液の喀出)や突然の息切れがあれば、肺動静脈ろうの診断と治療が可能な医師の診察を緊急で受ける必要があります.妊娠の後期であったとしても塞栓術は可能です.あなたの酸素飽和度を調べると、肺動静脈ろうがあると、通常、飽和度は下がっていますが、妊娠中には、他の要因により妊娠前の飽和度よりも上がることを担当医が知っておくべきです.
5)分娩前に、あなたの産科医は、脊髄動静脈奇形の僅かのリスクがあることを知っておく必要があります.
6)分娩方法は、あなたの全身状態やあなたの妊娠の特徴を考慮して、あなたの担当の産科医が決めるでしょう.
7)出産したら、妊娠前には正常であっても、肺動静脈ろうの再検査が必要です.
8)妊娠を楽しみましょう.そしてあなたの主治医にも、同じように考えてもらいましょう.
担当医のためのまとめ
多くのHHT関連の妊娠は問題なく経過します.稀な重度の合併症、そして早期のHHTの認識による生命予後の改善は、低リスクの妊娠を勧める以上に多くの産科学的報告があるため、英国の産科用語にすれば、HHT関連の妊娠は高リスクと考えるべきとなります.症状が無い場合は、肺病変のスクリーニングは出産後にするべきだと思いますし、脳動静脈奇形は症状がある場合や家族歴がある場合のみに脳MR検査を行い、脊髄MR検査は、脊髄動静脈奇形の可能性のため出産時の硬膜外麻酔を麻酔科医が控えることになる場合に考慮するべきだと思います.
参考文献
Shovlin CL, Sodhi V, McCarthy A, 他:Estimates of maternal risks of pregnancy for women with hereditary haemorrhagic telangiectasia (Osler-Weber-Rendu syndrome): suggested approach for obstetric services. BJOG. 2008 Aug;15(9)1108-15.
この論文は484症例のHHT妊娠についての記載されており、産科チームへの幾つかの重要な助言が含まれています.
翻訳責任
大阪市立総合医療センター 脳血管内治療科
小宮山雅樹
このリーフレットは、HHTの女性患者さんとその御家族、そして担当医のために、HHTの研究や臨床では世界的に御高名なショブリン先生の作成された英国内向け英語版を、許可をいただいて和訳しました. 2016/6/22